取材記事

猪苗代湖の悪役をヒーローに変える 【いなびし長友海夢さん】

今回は、株式会社いなびし代表の長友海夢さんにお話をお伺いしました。

長友さんは、栃木県出身。地域おこし協力隊として猪苗代町に移住し、現在3年目。猪苗代湖の厄介者を観光資源に活用し、【猪苗代湖産ひし茶いなびし】の販売を行う、株式会社いなびしを起業しました。

猪苗代湖で例年9月に大量に刈り取られる水草「菱(ヒシ)」。その実を乾燥・焙煎することで、味わい深く香ばしいお茶が誕生しました。
ヒシは水質を浄化する機能がありますが、近年は増えすぎてしまい、秋になると腐敗して水質汚濁の一因となっています。株式会社いなびしは、そんな厄介者のヒシを観光資源に転換した猪苗代湖産ヒシ茶「いなびし」の製造販売を行っています。

今回は、そんな長友さんの人となりと猪苗代町への想いをお聞きしました。

なぜ、猪苗代に移住したのか?

ーーー最初に長友さんがどんな人なのかを教えてください。

はい。僕は、今、1995年生まれの27歳です。
猪苗代町との関わりのきっかけっていうのは、実は結構小さい頃から親が来ていて、親の趣味の影響も大きいですけど、例えば、夏は猪苗代湖でウインドサーフィンしたり、冬は、この辺りスキー場いっぱいあるので、スキーしてみたいな。そういうライフスタイルを結構小さい頃からやってたので、それが自分の趣味、ライフスタイルになってます。

それができるのは、この猪苗代しかないですね。

ーーー猪苗代と小さい時から関わりがあったんですね。

そうですね。ちっちゃい頃から競技スキーもやっていて、小学生時代に猪苗代の小学校(長瀬小)に通っていたんです。その練習拠点もずっと猪苗代だったんです。なので、小さい頃から猪苗代湖が遊び場でしたね。

ーーースキーはいつまでやってたんですか?

大学もアルペンスキーっていうジャンルでやってました。中学の全国大会とかインターハイの会場が猪苗代で行われたのですが、そこでは入賞して、その時から、猪苗代は、地の利があるなと思ってますね。

ーーー私あまりスキー詳しくないのですが、猪苗代は、他の場所と違うんですか?

高校ぐらいから遠征で海外の地方観光地とか色々見てきたけれどもやっぱこっちの方がいいですね。自分の理想のライフスタイルが活かせる場所ですし、愛着があり思入れのある場所ですね。

大学卒業後、スキーをやめ、サラリーマンへ

ーーー大学卒業後は、まず何をされたんですか?

最初は、スキーを続けるのかとか就職するのかとか、悩んだものの、実際に、大学卒業=競技スキーの引退って形になりましたね。ただ、大学出てから組織を知らないと思って、どんな感じか単純に気になって、一旦通信系の会社の営業として就職しました。

ーーーそうなんですね。会社ではどんなお仕事をされていたんですか?

1年目はもう本当、飛び込み営業。それで、組織のこと分かってきたと同時に、会社って、単純にモノを作って、売るわけですよね。何か商品とかを自分が別に作ったわけでもないし、誰かが作ってそれを売る。「これ、本当に意義あるか。」と思って、ただお金のためだけに仕事していくのが徐々に苦痛に感じていきました。
そうしたときに、やっぱり自分で何か新しい価値を見出してそれを容認して、それで僕の行動によって、地域自体が何かいい影響が出せた方が面白いなって思いました。
ずっと猪苗代への愛着が強かったから、こっちに戻りたいし、自分の理想のワークスタイルを実現したいと思いましたね。

ーーーそこからどうして地域おこし協力隊だったんですか?

ネットでとりあえず、「まちおこし」みたいなワードで調べまくりました。仕事とか福祉とか、結局、現実的な問題として、こっちに戻ってくるときに生活ができないといけないじゃないですか?そういったところも真面目に考えて、町おこしとかそういうことをやりたいなと考えて、検索してたら、たまたま猪苗代の地域おこし協力隊のホームページが出てきて、それでFacebookのページで見て、連絡しましたね。

ーーー不安とかなかったですか?

初めは、不安もあったので、役場の職員の話を聞いて、あとは、地元の人とかに繋いでもらったりとかして、この協力隊の仕事をきっかけに猪苗代に戻ってきて、やっていけるのかなみたいなことを、沢山調べましたね。

現役の協力隊からも話聞くし、協力隊で終わったOBからも話を聞いたし、行政の人からも話を聞いた上で、「これだったらいけるか。」と思って、最後は、結構ノリと勢いで決めましたね。

地域おこし協力隊として、猪苗代へ

ーーー地域おこし協力隊としてどんなことをしていたのですか?

1年目の夏頃から今やってる水環境保全事業の「ヒシ」にその時に着目してて、何かに活用できないかなっていうので、今はちゃんとなっていますけど、最初は本当にそれこそ実を取って、ちょっと味付けして真空パックにして、酒のつまみのイメージで試しに商品化したりしました。一応道の駅でちょっと売れたって言われたんだけど作業が大変すぎて、「ちょっとこれは持続的には続けられね〜」ってなりました(笑)

ーーー最初から商品化したのすごいですね!もともとご経験があったんですか?

正直、商品開発とか販売とかっていう経験はこれまでなかったんです。
ずっとスキーしかやってこなかったし、勉強も一切しないし、社会人になってからも結局ただの営業だから、自分で何かを生み出す。みたいな経験を一切してないとこからの商品開発をやってみようみたいな感じです。

ーーーそうなんですね。2年目、実際にやり始めてから大変だったことはありますか?

大変だったところは、今思い返すといっぱいありますけど、ちょっと夢中でやってたから多分、端から見たら大変なんだろうなっていうことも、普通にしてましたね。
例えば、ひたすら3,000個、実を剥くとか(笑)実を取るのも大変だったし、最初はヒシがいつベストシーズンかもわからなかったし、いつ取ればいいのかってわからなかったですね。

あと、乾燥作業が結構大変で、2年目なんかは、お茶にするときに、実を乾燥させるんだけど乾燥の仕方がわかんない。どのくらいの時間したらいいかわかんないので、やってみて、8割ダメにするみたいな感じでした。だから、去年は量産できなかったんです。

ーーー苦労して行ったことが、8割ダメになったら心折れそうですね。

「残った実で何とかする。これ以上失敗できないな」と思って、福島県のハイテクプラザというところに、その日のサンプルを持っていって、それで改めて乾燥条件のいい方法を調べて、それでやっと何とかできてきた。ほんと、一筋縄ではいかないですね。

ーーーそうですよね。あと、長友さんは蕎麦も打たれるそうですね?

そうですね。高校生ぐらいの時から蕎麦が好きで、こっちに戻ってきて、猪苗代町として既に蕎麦をブランディングしていたので、改めてそばに興味を持ちました。

一般客で蕎麦屋巡りをしてるうちにそば打ちを見せてくれる蕎麦屋があって、そこで見て「ちょっとやってみたいな」と思いました。

道具も揃えたり借りたりして、やってるうちに、また別の蕎麦屋でね、あの打つ部屋1個余ってるから使っていいよって言ってくれて、そこで打たせてもらって、半分独学で半分ちょっと教えてもらい、そんな感じでやってましたね。

ーーー蕎麦打ちはもともとやっていたわけではなく、猪苗代に来てから習得したんですね!

そうですね。その時も、ただ蕎麦好きで作ってただけじゃなくて、地域にとって蕎麦でブランディングしていくなら、やっぱ蕎麦で何かやるべきだろうと思ったんですよね。

そば打ちも日本の文化の一つ。担い手も少なくなってきてて、高齢化も進んでいる。だから、蕎麦のような日本の文化ってこのままいくと衰退しか見えてこなくて。

衰退せずに発展させるに、地域がブランディングして、日本のそば打ち文化をどうしたら伸ばせるかなと思ったときに、「これ海外に出してくしかない。」と思って、やり始めたのがそのそば打ち体験です。

ーーー海外の方にそば打ち体験はとても良さそうですね!

あんまり英語喋れないんですけど、ALTの英語の先生たちと一緒に遊んだりして、その関係で「そば打ち体験やりたいです。」みたいな依頼がちょこちょこ増えて、お金を頂いてそば打ち体験を受け始めたのが最初でした。

ゆくゆくは、海外の何か国際交流とかのイベントでパフォーマンスみたいなのもできたらいいなと思っています。

ーーーいいですね!普段はどこかでそばの提供もされているんですか?

はい。ななかまど食堂で週一ペースで行っています。
夜、そばが食べられるお店が今は少なくなっていて、やっぱコロナの影響もあるし高齢化もあって、夜の蕎麦出すみたいなのは、結構年配の方では大変だからあんまりやらないんでしょうね。

自分が飲食店としてやる意義って何かあるのかなと思ったときにやっぱりそこですね。

地元のためになるかどうかっていう地域の判断軸にあるっていうことのために、いろいろ考えた結果、それだったら自分でやる意義あるかなみたいな感じで、やることに決めました。

正直、飲食店をやった経験もなかったし、バイトでもほとんどやったことなかったんです。ただそば打てるだけの人が飲食店いきなりやったから、最初は結構大変でした。
今でも大変ですけど、今はそれこそ回すときは、誰かアルバイト1人来てもらって週一程度やってます。

今後の展望と将来のビジョン

ーーー今後、地域おこし協力隊の任期終了後は、どう今考えてますか?

はい。やっぱりメインとなってくるのが水環境保全。結局、それも地域にとってプラスになるかならないかの問題と、ただやっぱり自分が生活できないと定住地の持続可能な事業としては言えないですよね。これまでは、水環境保全の活動って補助金を使っていたりしていて、そういった行政の予算とかに頼らずに回していく事業を作りたいですね。

ーーー持続可能な事業にしていくことは大事ですね。具体的にどんなことをしていくのでしょうか?

方向性としては、まず。猪苗代湖周辺の旅館とかホテルとかカフェとかのドリンクメニューで出してもらう。あとは、猪苗代湖って福島を象徴する観光地なのに、なぜか猪苗代産のお土産ってないので、猪苗代湖産のお土産を作ることによって知名度を向上させたいですね。

猪苗代湖産のヒシ茶のお土産がゆくゆくは、海外に出ることによって海外の人からも認知されるような場所にしたい。多分、この辺りに住んでる人だと、猪苗代湖って有名って思ってるかもしれないですけど、それってあくまでも、福島県の近隣県までなんですよね。
例えば名古屋の方とか関西とかそっちの方に行くと、猪苗代湖どこだっけみたいな、せいぜいそのぐらいなんですよ。日本地図見せて、「あ〜ここね」ってなるけど、それは認知度が高いとは言えないですよね。

ーーーそうですね。

だからこそ、猪苗代湖産のお土産を作り、広めていきたい。
海外の最初は、台湾、その後ドバイの方で出していくことによって、ゆくゆくは、海外のお客さんを猪苗代湖目当てに取り込みたいです。

ーーーーすごいビジョンが素敵です!ヒシを猪苗代のお土産にして、世界に広げてください。

はい。最終的には、ヒシを産業に変えて、地域経済の発展をしたい。ただ、地域経済の発展をするだけじゃなくて、自然環境の保全も両立していきたいですね。

長友さんから見た猪苗代、会津エリアの魅力

ーーー長友さんが思う、この地域の魅力って何ですか?

日本酒などの食文化もそうだし、会津伝統野菜とか美味しいですよね。あと歴史も深い。そして、豊富な観光資源も沢山ある。自然のアクティビティが生活圏からすぐにアクセスできる。10分でスキー場に行けますからね。例えば、ワーケーション。朝起きて、冬だったらスキーして、ちょっと仕事して、車で10分ぐらいしたところで、焚き火して、サウナする。めっちゃいい場所ですよね。

ーーー聞いてるだけで、いい場所が伝わります(笑)

あとは、猪苗代に限っちゃうけど、東京からのアクセス、めっちゃいいです。例えば、新宿から3000円ぐらいで猪苗代駅まで来れちゃうんです。

ーーー福島の中でも観光地として優秀な立地条件ですね!

僕みたいに、社会人3年目ぐらいで、経験も少ない人が来ても、なんだかんだできてるんだから、それこそ若い人ほどこそ、活躍できるんじゃないかなっていう風に思います。

眠ってる観光資源もかなり豊富だし、お金がなくてもいろんな制度を使って、自分のやりたいことが実現できる。

金銭面の支援だけじゃなくて、サポーターがついてくれて、いろいろ教えてくれるみたいな伴走支援もあるから、時間がないとかお金がないとか、言い訳できない場所なのかなと思うので、若者にこそ、福島県や猪苗代町をおすすめしたいです。

ーーー沢山、長友さん、猪苗代町の魅力を知ることができました。今後の活躍を応援しています!長友さん、本日はありがとうございました。

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大川翔
福島を変革する男、今日もOK!!代表大川翔 福島県郡山市出身。南相馬市在住。 あいづっぺでぃあでは、学生統括・ライターとして活動しています。