今回、取材班が訪問したのは福島県のほぼ中央に位置する会津磐梯山のふもと、猪苗代町。ここに一般的な美術館とは少し趣の違う美術館があります。

 その名前は「はじまりの美術館」。この美術館を開いたきっかけやアートを通した地域社会作りへの想いなど、館長の岡部兼芳さんからお話を聞かせていただきました。

 美術に興味がある方だけでなく、これから始めたい、触れてみたい、とお考えの方にもお勧めのこの美術館。ぜひあなたもこの記事を読んで、アートの魅力を感じていただけたらと思います。

(注)新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止を考慮し、7月ごろまで臨時休館となっております(2020年4月現在)。詳しい情報は館ホームページ等よりご確認ください。

岡部兼芳さん/郡山市出身。臨時教員を経て、 2003年社会福祉法人安積愛育園入社。

アートで障がいを持つ方の地位向上を

(オープンしたのはいつ頃でしょうか?)

―――2014年6月です。2010年から2011年にかけて、日本の主に障がいのある方が制作した作品を一堂に集めたアール・ブリュット・ジャポネ展がフランスで開催されたのですが、そこに当法人の利用者さんも参加しておりました。海外には障がいのある方の作品の専門の美術館があったり、コレクターがいるなど、古くから評価が確立していました。そのため、日本でもおそらくグッと評価が高まるだろうと予見できたので、その評価を日本に持ち帰り、障がいのある方の社会的な地位向上を推進しよう、という構想が持ち上がりました。

その時にご協力いただいたのが、展覧会の旗振りをしていた当時の滋賀県社会福祉事業団(現:社会福祉法人グロー)と日本財団です。当館は民家を採用したボーダレス・アートミュージアムNO-MA(滋賀)がモデルになっています。

街並み保全×アート×福祉の拠点作り

(猪苗代に美術館が誕生した経緯は?)

―――最初に「地域の中で失われると勿体ない物件を再利用し、街並みを保全しながらそこをアートと福祉の拠点に」という構想がありました。そこで、街並み保全と福祉とアートが三位一体となって実現できる古い物件を県内で探しまわり、その結果巡り合ったのがこの建物です。

見つけた当時は、古いかやぶき屋根の倉庫でした。もともと酒蔵として作られたこの建物は維持も難しくなっていて、持ち主の方もどこかで活かすことができたら、と考えていたそうです。

地理的な観点からだと、猪苗代は福島県の中心で、観光地。人も集まるし、発信もしやすいじゃないかと。

当初はもう少し早い時期の開館を目指していましたが、2011年の震災があったことで一時計画がストップしました。そのことも、この場所を地域にとって必要な拠点にしようという想いに繋がっています。

(当時の内観は?)

―――明治期に製造していた時に使っていた酒造の道具だけなく、他の蔵の骨材など結構いろいろなものが雑多に詰まっていました。廃業後はダンスホール、縫製工場にも使われたり、建物が横に長いので途中で仕切って人が住んだりした時期もあったそうです。

時代の流れに翻弄された一本の木が今に

(建物構造について教えてください。)

―――総二階建てで、登記簿上では140年目にあたります。障がいのある方も含めて様々な方々が来館することを想定した美術施設なので、バリアフリーというのは当然念頭にありました。

もともと土間だったので、改修で床が70~80cm上がり圧迫感が出るため、天井はカフェの一部だけを残し吹き抜けになっています。古い建物の良さを生かしながら改修しています。また、壁は土壁でしたが、今は土壁に近いニュアンスのものを採用しています。2017年前には福島県の建築文化賞を受賞しました。

(天井の梁も立派ですね。)

―――この木はもともと裏磐梯に生えていたという一本もので、鶴ヶ城の改修のために江戸時代に切出し禁止になっていたヒメコマツという種類の木です。明治に入ってから不要になり払い下げられました。

時代を見つめてきた大木は、美術館を支える梁へと

 松というと曲がった形をイメージしますがこれは長くまっすぐ育つ品種で、切り出されたときは20間(約36m)の長さがあったそうです。しかし、運搬途中でさしかかった街場の交差点が曲がりきれなかったために2間(約3.6m)落として18間(約32.4m)になった、という逸話が残っています。それがこの‘十八間蔵’という名前の由来です。

 また、南会津の旧田島町に古い建物を現代でも使えるように改修する技術を持っている職人さんがおり、建てた時と同じ釘を使わない工法を採用していたため、完成まで約1年かかっています。

Art+Start=はじまりの美術館

(美術館の名前の由来は?)

―――まず「アール・ブリュット」とはどんなものかと考えた時、人の表現の発露というか、表現の「はじまり」を思い起こす部分があるのではないかと。チャリティーオークションを実施した震災復興基金のテーマが「新しい日本を東北から始める」でしたので、ここから何かを始める、という想いも込めています。ちなみに、そのオークションを立ち上げたのはアーティストの村上隆さんでした。

 はじまり、といってもオリジン(起源)のような‘立ち返る場所’という意味や来館者の何かがここから始まっていく、ようなという想いも込めています。

(こんな方に見て欲しい、という希望はありますか?)

―――基本的に来館者のターゲットは絞っていませんが、テーマとしてはひとつひとつこだわっています。入り口はそれぞれですし、「ヒトとは何か」など普遍的なテーマにもつながっています。今では県内外から年間約7000人の来館者があり、年齢も様々です。

美術館でもあり、公民館でもあり。

―――自分たちも手探りで活動してきたこともあり、スタートポイントは「美術館とはこういうものだ」という定義付けからではありませんでした。専門に美術教育を受けた学芸員以外は他の分野の出身なので、‘美術館ってどういうところだろう’と考えながら運営しています。

 そういう意味でも「はじまり」の美術館というか、だんだん「こうやったらもっと面白がってもらえる」「近づいてもらえる」とわかるようになってきました。そういう意味では決まったやり方のない仕事ですが、それだけに一言では言えない良さもあるのかなと思います。

(これまではどのような作品展を開催されましたか?)

毎年恒例の「はじまりの美術館で書き初め」

―――2020年の初めは福島県の委託事業で公募展を開催していましたが、普段は障がいのある方も無い方もミックスの企画展で、だいたい6~8名の作家で一つのテーマを作り、そのテーマに合った作品を展示しています。

 障がいのある方の作品を自分たちだけで見ているのはもったいないという話になったのが最初でしたがそれは今も同じで、見たり触れたりして面白いなと思った作品を企画に合わせて展示するというスタンスを取っています。

(作品を出品されている作家さんの年齢層も広いですね)

―――はい、見えない内部障がいや発達障がいなど、障がいの幅も広いです。

 法人の理念として、どんな障がいがあっても共通しているのは生きづらさが軽減されて、誰もが暮らしやすい社会ということで、障がいのある方だけが良くなるという社会ではありません。

(事業を始めるにあたって不安や一番苦労した点はありますか。)

―――もともと福祉の現場にいましたから不安しかなく、立ち上げには苦労しました。「脱サラしたサラリーマンが運営をよく理解しないままラーメン屋を始めるようだね」と、どなたかに言われたことがあります。でも、逆に知らなかったからできた、と言い換えることも出来るかもしれません。

 また、各方面の専門家と言われる方々からもたくさんのアドバイスを頂きましたが、その中から何を選択していくか、大切なことを見極める判断に関してもとても勉強になりました。

(健常者が障がいのある方の作品を見る機会や場所は意外とないような気がします。)

―――そうですね。中には、障がいがある方の作品はどれなの、とお尋ねになる方もおります。障がいのある方が描いた作品を見ると「障がい」という言葉の持つマイナスイメージが転換することもあるかと思います。

 ただ、自分たちの想いとしては、障がい者という人はもともといないと思っています。「障がい」というのは、その人に「生きづらさ」がある、ということだけだと考えます。当館では作者の障がいを隠すわけでも主張するわけでもなく、表現されたことを自然な流れの中で共有できればと考えております。

アートでネットワークづくりを

岡部館長とスタッフのみなさま

(これからこれをやってみたいという企画や計画はありますか?)

――この建物が‘十八間蔵’なので、「十八」を活かした「十八番=オハコ」をテーマにしたことはいろいろやってみたいと思っております。実はカフェの名前も「ohaco cafe」ですし、地域の方の得意なものを共有する「オハコの会」といった企画も行っています。

また、少なからず今までもやってきたことですが、福島県内にいる障がいのある方のネットワークづくりや人材育成などを行う、障がい者芸術文化支援センターとしての活動もスタートしました。これからさらにセンターとしての機能を明確にしていきたいと思っております。さまざまな活動を通していろいろな方と知り合えることは、自分たちのネットワークを広げる上で非常に嬉しい点です。

(二番目、三番目の美術館をつくる計画は?)

―――私どもでの計画はございません。他県で関心を持たれた方々が視察に来られることはありました。

(日本でオリンピック・パラリンピックが開催されるので、興味関心を持つ社会的気運が高まっているような気がします。)

―――はい、Cultual Olympiardという言い方もされていて、文化プログラムも一緒に開催されていくのがオリンピックの決まりにもなっています。そういう動きも多く出ているところです。

(ありがとうございました。)

(取材後記)

取材中、時おりにじみ出てくる苦労話でもやさしい語り口の岡部館長。障がいの有無は関係なく、純粋な視点から日常生活でアートを愉しんでもらいたい、そして、美術作品を通して、地域の誰もがつながれる場所になりたい。その想いこそがこの美術館の存在意義なのではないかと感じました。

(注)新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止を考慮し、7月ごろまで臨時休館となっております(2020年4月現在)。詳しい情報は館ホームページ等よりご確認ください。

Information

■館名: 社会福祉法人 安積愛育園  はじまりの美術館

■住所 :〒969-3122 福島県耶麻郡猪苗代町新町4873

■TEL/FAX: 0242-62-3454       

■開館時間: 10:00~18:00

■観覧料

・一般[500円]

・65歳以上[250円]

・高校生以下[無料]

・障がい者手帳をお持ちの方と付添の方(1名まで)[無料]

*企画によって異なることがあります。

*年間パスポート[1500円]の販売もしています

■定休日: 火曜日(火曜日が祝日の場合、翌水曜日休館)、年末年始

*上記は展覧会やイベントの関連により変更する場合があります。詳細はホームページでご確認ください。

■ホームページ

http://hajimari-ac.com/

はじまりの美術館のSNSなど(随時更新中)

・Facebook

https://www.facebook.com/hajimarinohajimari/

・Instagram

https://www.instagram.com/hajimariartcenter/

・twitter

・オンラインショップ

https://hajimari.theshop.jp/

・はじまりアーカイブス unico file

https://hajimari-archives.com/

・はじまりアーカイブス fukushima file

https://fukushima.hajimari-archives.com/

■アクセス

・電車: JR磐越西線 猪苗代駅より徒歩25分

・タクシー JR磐越西線 猪苗代駅よりタクシーで5分

・公共バス: JR磐越西線猪苗代駅バス乗り場より、裏磐梯方面行き、または中ノ沢方面行きの磐梯東都バスに乗車→「バスセンター」下車(徒歩3分)

※バスの時刻表は磐梯東都バスホームページよりご確認ください。

・自家用車: 磐越自動車道 猪苗代磐梯高原ICより一般道で12分

駐車場は美術館西側15台。手打ちそば「しおや蔵」共用

■お問い合わせメールアドレス: otoiawase@hajimari-ac.com

板垣 愛

板垣 愛

埼玉県川越市出身。山形県鶴岡市にあるお寺に住んだ後、郡山市へ転居。本業は会社員。特技はカブトムシの幼虫を見てオスメスを当てられること。最近は会津の潜伏キリシタンに興味あり。