取材記事

【株式会社 厨(あゆむCafe)】未来の子供たちのために遺したい”今”の会津

今回私がインタビューさせて頂いた方はスマートシティAiCT内であゆむCafeを営む国井八重子(くにいやえこ)さんです。

広告代理店、大手チェーンの飲食業、人材請負の企画・運営、そして、飲食店の開業という様々な経歴を持つ国井さん。火災による貰い火という不運に見舞われるも、新たな形で再出発を果たされました。サービス業に魅せられた国井さんの今までとこれからを聞かせていただきました。

これまでの人生とカフェ開業までの道のり

   まず最初にお生まれをお聞きしてもよろしいでしょうか?

会津若松市内の生まれです。

上京し20代後半で会津に帰ってきました。

   上京中のお仕事は現在と同様の飲食業だったのでしょうか?

最初は、広告代理店で勤めていました。制作の部門にいて、私は制作の進行管理を担当していました。ここでの私の役割は、スケジュールを管理し、現場のスタッフが制作に集中できる環境を整えることでした。その際にチームのメンバーから「ありがとう」と言ってもらえることにやり甲斐を感じて、次第にどうしたらみんなにもっと喜んで貰えるだろうかと考える様になりました。

そして、いつからか「もしかしたら、私にはサービス業の方が向いているのかもしれない。サービスを仕事にしたい。」と思うようになりました。

   では、そのタイミングで会津若松へ戻り、サービス業に携わることになったのでしょうか?

はい。ただ、当時の会津若松は選べるほど飲食店もなかったですし、本当に自分がサービスに向いているかも分からないじゃないですか。

そんな時に、タイミング良く、ハンバーガーチェーンが会津に出店するという求人広告を見つけたんですよ。

なので、これは取っ掛かりにいいかもしれないと思い、自分のサービスに対する思いを確認するためにも挑戦することにしました。

で、やったらハマったんですよね。

当時、会社に勢いもありましたし、新店舗を一からみんなでつくっていくというサークル的なノリもあって楽しかったんです。他の店舗との競争やサービス技術を競うコンテストなどもあり、とてもやりがいがありました。大変なことも多かったのですが、それでも楽しかった記憶があります。

ただ、数年後に辞めるきっかけが訪れました。

わたしはサービスを突き詰めていきたかったのですが、マネージャーという立場になってからは、お客さまと接する時間よりも店舗にかかわる数字の管理やアルバイトさんたちのシフト管理に追われる時間のほうが多くなってしまいました。

「あれ?自分がやりたいこととは違うな」となりまして、辞めました。

   辞められた後はついに飲食店を開業したのですか?

いや、それが違うんです。チェーン店でのサービス業に心身ともに疲れてしまっていて、反動で、アルバイトの事務員になって「9時〜17時で帰りたい」ってなっちゃったんですよ。運よく条件にあう職場が見つかり、電話で商品の受発注をして、配送の手配をする仕事に就きました。これもすごい楽しかったんです。サービス業から少し距離を置くことも含めて、しばらくその仕事を続けていました。

ある日、結婚式場での臨時のアルバイトのお誘いがあり、人手が足りないからと言われて受けることにしたんです。それをきっかけに、平日は事務員、休日は結婚式場のアルバイトという生活になりました。

結婚式という特別な空間で、特別なサービス。当然、ハンバーガーチェーンのサービスとの違いも新鮮で楽しかったです。

「サービスっていいな!」と再確認させてくれましたね。

その後も結婚式場にとどまらず、声をかけていただいた仕事はなんでも挑戦しました。葬儀場の夕食おつかいのサービス、温泉旅館の仲居とか。そんな中でふと気づいたことがあったんです。

当時のサービス業界ではあるあるだったんですが、当日にドタキャンして来ないスタッフがいるんですよ。そうなるとその場にいるスタッフが倍の業務をこなさないといけない事が頻繁にあったんです。わたしはそこにニーズがあると思って、これを仕事にできないかと思うようになったんです。

それで、知り合いの社長さんから応援してもらい人材請負業を始めました。

   ここで初めて起業するんですね。

いえ、当時のわたしには起業するだけの財力も知識もなかったので、知り合いの社長さんの会社の一部門として立ち上げていただき、私は管理責任者という立場で採用していただきました。学生さんや主婦の方など最大で60名くらいの方に登録してもらって、式場サービススタッフとして仕事を請け負っていました。各式場で披露宴の進め方やサービスの方法が違うので、仕事初日でも即戦力として働けるように各式場別に事前にしっかりトレーニングをすることで評価をいただき、仕事の依頼数も依頼人数も増えていきました。しばらく続けていましたが、今の夫と飲食店をやることをきっかけにこの事業は閉業しました。

   そうだったんですね。1店舗目はどの様なお店だったのでしょうか?

最初は、会津若松市内で創作フレンチのお店です。夜だけの営業でした。市内の繁華街のビルの一階にオープンしたのですが、2年目になる頃に二階の居酒屋さんから火が出て、火事をもらっちゃったんですよ。

   え!オープンして2年で火災で貰い火を受けてしまったんですか。災難ですね。

「終わったな」と思いました。

その後、1年間休業期間を経て、夫がやっぱり自分で店をやりたいって言いまして、また、以前のお店の常連さんからの後押しもあり、再度、繁華街のビルの一階で再オープンすることになりました。そこで12年やりました。

カフェの開業後数ヶ月でコロナ禍へ

   そうするとこちらのカフェはいつからオープンしたのでしょうか?

丁度コロナ前の2019年の10月からですね。12月までは開店祝いということでたくさんの方に使っていただけたのですが、その後すぐコロナ禍になってしまいました。

   なぜ、あゆむCafeという名前にしたのですか?

よく言われるんです。なんで以前やっていたお店と全く違う名前なのかって。悪い意味ではなく、お店の名前はなんでもよかったんです。以前のお店の名前を使って、集客したいとも思わなかったし、以前のお店とは全然違うお店なので逆に困惑させてしまうと思ってました。

   なるほど。では、心機一転ということですか?

はい、提供するものも雰囲気もあゆむCafeの方がカジュアルですし。実はAiCTビルを管理・運営している会社が株式会社AiYUMU(あゆむ)さんというのですが、名前の由来を聞いたら、Ai(会津)のYU(夢)をMU(室)で醸す(かもす=育て上げる)とお聞きして、感銘をうけました。株式会社AiYUMUさんに許可をいただいて使わせていただいています。強いていうならば、もっと親しみやすくて、子供にも読めるようにひらがなにしたということでしょうか。国井八重子の色なんていらなくて、この空間をみなさんに染めていただければと思ってます。

メニューと食材へのこだわりについて

   ありがとうございます。では、お店の食材に関してお聞きしてもよろしいでしょうか?

はい、以前の店舗からお付き合いしている八百屋さんからの購入の他に、いま市で取り組んでいるデジタル田園都市構想の1つの事業に、生産者さんと我々飲食店などをスマートに繋げる事業(ジモノミッケ)が進められていて、そちらからも購入しています。生産者さんの圃場から直でお店に届けられるので、鮮度が良いのと、一度都内の市場に集積してから来る食材と比べて輸送のエネルギーコストが低いところが、決定的な違いだと思います。ただどちらか一方が正しいというわけでは無くて、値段、料理用途から考えてバランス良く仕入れて共存していくことが大切かなと思っています。

どちらにしても、メニューに使う食材はできるだけ地元のものを使うようにしています。私、「四里四方に病なし」という言い伝えが好きで、自分の身のまわりでとれる食材を摂取していれば体に良いよという意味なんですが、最近、歳を重ねたせいかよく考えるようになりました。美味しいし、体にも良いし、地球にも優しい取り組みなので大切にしようと思っています。

   なるほど、今流行りの持続可能に繋がる考え方ですね。

   オススメのメニューは何でしょうか?

オススメのメニューですか。先ほどの事業(ジモノミッケ)を利用しているので、会津の生産者さんが今作っている旬のものが手に入るので、それを調理してお出ししています。そのため季節ごとにお出しするメニューが異なります。その時々の美味しいものを提供しています。

   シェフの日替わりメニューって感じですね。

はい。それとうまく言えないのですが、消費者に優しすぎるお店は持続可能が難しいと思っています。お店で良く「パンはないの?」と聞かれるんですが、フードロスの観点からうちのお店は今のところお米一択。パンやピザをビュッフェラインに並べたこともありましたが、そうすると、白米が余るだけでなく、パンもピザも余るという現象が起きました。お客様が迷うほどの選択肢は、お客様には優しいけど、お店と地球には優しくないんです。あるもので愉しむ。ラーメンを食べたい時はラーメン屋さんへ、パンを食べたければパン屋さんへいく事が、私たちもラーメン屋さんもパン屋さんも持続可能に繋がると考えています。

   とても分かりやすい考え方で共感します。このお店のターゲット層はどこなのでしょうか?

ランチタイムにおいては、AiCTビルに入居する企業の社員さんです。コロナ禍の影響でリモートワークの方も多いようですが、単身赴任の方やお一人暮らしの方も多いので、コンビニやファーストフードとは違うどこかホッとするような家庭料理を意識して作っています。現在は近隣にお勤めの会社員の方、また、食材や食事そのものに気を配られている地元の女性のお客様にご利用いただいています。

今後の展望と国井さんが思う会津の魅力

   ありがとうございます。今後の展望をお聞きしてもよろしいでしょうか?

そうですね、環境問題が私の生活の中で8〜9割くらいを占めていて、食べ残しを出さないのも、ゴミを減らしたいのもそこに繋がります。2050年、私は生きていないかもしれませんが、その時代の子供たちが「会津に居たくない」と思ってしまうような会津は残したくないんです。会津を諦めて欲しくないし、大きく言えば日本を諦めて欲しくないんです。今の日本は大人の私たちでも明るい気持ちになれないことが多くありますが、でも私たちがそれを言ってしまったら、今お店の前を歩いている小学生はどうするのと思うんです。我々「今」を優先してやりたいようにやってしまったらいつか必ずしっぺ返しが来ると思っているので、それは絶対にしたくないんです。自分達が死んだ後のことを考え、子どもや孫の時代にどんな環境で暮らしてほしいかを考え行動できる、そんな大人がいっぱい増えればいいなと思います。

   お店を中心としてそういった活動にも取り組んでいきたいということでしょうか?

はい、私は飯屋の母ちゃんなので、私ができるフードロス削減とSDGsを取り組んでいきたいと思っています。

   全くかけ離れた活動ではなく、このお店を中心にできることをということですね。

そうです。私が国連に行って訴えることはできませんから。 会津の飯屋の母ちゃんなりにできること、飯屋の母ちゃんだからできることを言い続けて、やり続けていきたいと思っています。

もちろん、全てを環境に良いものを選ぶとコスト高になることもあります。無理せずやれる範囲で、美味しい楽しいを大前提に、利用してくださるお客さまと理解を共にしながらお店を作っていきたいなと考えています。

   会津の魅力は何でしょうか?

会津自体がテーマパークだと思っています。AiCTビルに視察にいらっしゃった海外のお客様が、雪とか湖とかお城や路地など私にとっては「普段そこにあるもの」の写真をたくさん撮っている姿を見て、彼らにとっては魅力的に映るんだなと再確認しました。今の会津を残していきたいです。

   会津にいらっしゃる方に一言いただけますか?

なんだろうな。私もよく旅行に行くけど、会津が一番!なんですよ。会津は春・夏・秋・冬ぜんぶを見ないと意味がないと思っていて、それぐらい景色も匂いも全然違うので、全部のシーズンに来ていただきたいですね。会津の有名な観光地だけじゃなくて、ふとした場所で感動する景色に巡り会えたりするので、是非人があまり行かないところに行っていただきたいですね。

   ありがとうございました!

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asaichiro.kazawa
会津若松市でゲストハウスを営んでいます。 日本酒、馬刺し、ラーメン、アウトドアが大好きです。