会津若松市は西栄町。神明通りのアーケードを抜けてすぐのこの地に創業して今年で74年。
「野に、漆。」というキャッチコピーで、まだ少し堅苦しいイメージの残る漆をアウトドアの世界に持ち込んだNODATE(ノダテ)シリーズを世に送り出すなど、常に進化と挑戦を続けている「新しい老舗」、美工堂。
今日はそんな美工堂の関昌邦さんにお話しを伺ってきました。
目指すのは、カジュアルな漆
—今日はよろしくお願いします。店内は主にアウトドア系の商品が多いようですが、元々アウトドア向けのお店を目指されていたのでしょうか?
関さん:ざっくり言うと、会津・福島ローカルの、昔から受け継がれてきた文化を今の時代に合うようにアレンジして発信したり、自社製品だけでなく他社製品もセレクトしてそのストーリーをお伝えすることを目指したいと思ってやっています。
例えば漆器というとどうしても扱いづらいもの、良くも悪くも高級なものといったイメージが定着しています。一方で工業化、大量生産・大量消費の時代の中で、漆器の低廉化を図るために、プラスチックや合成塗料で漆風に見せていく技術も生まれて発展し、旅館や飲食店の器類はほとんどは石油化学製品になってしまっています。
時代がそれを求めたからそういう現状が生まれてはいるのですが、何百年も続いてきた会津固有の手仕事の技術・文化やコミュニティが、たった50年間でその本質を失いそうになっていることがとても心配でした。
会津塗の原点である「木」や「漆」という天然素材の意味や価値にどうしたら改めて気付いて貰えるか、どうしたら今の暮らしの中に取り入れて貰えるか、が当時気付いた課題の一つでした。
漆とは何か、その機能を調べていくと、軽さやそこそこの強さは認識していましたが、強酸にも強アルカリにもびくともせず、雑菌を死滅させる効果があることが分かってきました。
そんなときに、たまたま夫婦でアウトドアが好きで、森や山の中のいわゆる野外フェス会場に行ったりしていて、テントやイス、テーブルなどもほとんどが化学素材ばかりでナチュラル素材の道具がないことに気付き、自然の中での違和感を感じるようになっていまして、じゃあアウトドアにも絶好の素材である漆でまずは自分用にマグを作ってみよう、というところから始まったのがNODATE Mugなんです。
漆の機能と手しごとの技術、それをカジュアルな暮らしの道具にできる。3つのエレメントがが同時に活かされそうな漆器が誕生しました。
—なるほど、確かに美工堂さんのアウトドア用品は漆らしさがありながらも違和感なく、自然の中にすっと溶け込む感じがします。
関さん:チャブにしてもマグにしても、うちの製品は木目が見えるものがほとんどなんですが、これは拭き漆といって漆を塗ったあと拭き取ってしまう、漆の技術としては1番シンプルで基本的な技術なんです。
よくある艶つやの漆製品は高度な塗りの技術が必要になるけれど、拭き漆であれば経験の浅い職人でもベテランでも大きな差が出ない。価格も含めていかにカジュアル化するかを考えたとき、手仕事なので安くはないが高級品ではない、でも漆の素材や機能にきちんと触れてもらえるやり方として、このシンプルな技術を取り入れたんです。
それから、最近は空間デザインのほうでも声をかけていただく機会があり、面白い試みとしては沼尻高原ロッジに隣接したカフェ・ベーカリー・nowhereや大川荘の売店があります。特に大川荘の売店の床は、漆塗りにしたらどうかという提案をしまして、一部を黒い拭き漆にしたんです。
—床、ですか。それは何とも恐れ多いですね(笑)
やっぱりそう思われますよね。お客様が入ってきたとき最初は皆さん普通に立っていらっしゃるんですが、この床、漆塗りなんですよとお伝えすると、やはり皆さん思わず「えぇっ!」と足踏みされます(笑)。
それだけ我々の中に漆=高級のイメージが定着しているということなんですよね。そして、それが結果として暮らしから漆を遠ざけてしまった。
それを変えたい。だから土足で踏むようなところにあえて漆を使ってみたかったんです。
「漆」という概念
関さん:それから、これは海外の展示会などに出展する経験を積み重ねてわかってきたことなんですが、漆、というものに対するイメージ、概念自体が日本固有のものなんです。
海外の展示会に漆製品を持って行くと、興味を持ってくれる人達って、ほとんどがIKEAやドンキのような大量生産品を扱う業者の方なんですよ。最初は不思議でしたよ。同じ会場に来ていた「うすはりグラス」は業者といわず色んな人達からリスペクトされていたし、南部鉄器なんかも世界的に有名になりましたよね。
なぜだろうと思っていたら、あるときエルメスやヴィトンなどのブランドの方がこういった木目の見える製品に興味を持ってくれたんですが、彼らが言った言葉は「素敵な木製品だね」だったんです。つまり「漆」の部分ではなく「木製品」として評価してくれる。
そこで彼らの視点ではあくまで木に対するリスペクトであって、漆というものは彼らの概念にはないのだ、ということに気付きました。ガラスや鉄、木は素材として世界共通の認識があるけれど、漆というものは彼らの暮らしの中に存在しないので、我々の思う高級な漆製品は1番彼らの概念に近いものに当てはめてプラスチックのようなものだと思われていた。
だから大量生産品の業者が興味を持ち、値段に驚いて帰っていったわけです。これは我々の思う漆というものをそのまま押し出してもダメなんだなと思いましたね。
世界で認められるには、我々の中にある漆に対する認識そのものを変える必要がある—
そう語ってくださった関さん。
かつて漆の英訳はjapan、とも言われ海外で高く評価されていると言われていた時代もありました。しかし、時代とともにそんな認識も薄れているのでしょう。漆を知らない人にもその価値を知ってもらうために、まずは木目を魅せる拭き漆の技術で木製品としての良さを打ち出すところから始めるという取り組みは、海外だけでなく漆が疎遠になってしまった私たち日本人にこそ有効なのかもしれません。
NODATEの認知度が上がり続けてきている理由は、そういうところにあるのかもしれませんね。
伝統の、その先へ
—ところで、伝統工芸の世界で活躍されている方々とお話しする時、決まって「後継者不足」や「モノが売れない時代に工芸品は必要とされなくなっている」ということが話題になります。
会津でも会津木綿の織元がもう2件しか残っていなかったりするところに、個人的に危機感を覚えるのですが、漆のほうはいかがでしょうか?
関さん:会津塗は、木地師(板物師・丸物師)・塗師(板物師・丸物師)・蒔絵師、の分業で製品が完成するのですが、木地師以外は会津漆器技術後継者訓練校にカリキュラムがあって、塗師と蒔絵師が卒業後は自立を目指して頑張っています。高齢層がいなくなったり一部の層が抜けたとしても、後に続く人達の存在があるのは心強いですね。
でも、木地師のカリキュラムが訓練校にないので木地師の後継者不足は大きな課題です。木地は漆器作りのベースですから。また、かつての工業化の波で大量生産を目的に発展した合成塗料の吹付塗師も会津塗の一翼を担ってきたのですが、そうした塗師の後継者もなかなかいない。3K(きつい・汚い・危険)的なイメージと工賃の安さなどから、後継者になるより役所や企業に勤める方が安心、となって結局廃業していきます。
そういう状況なので、木地師の課題はありますが、全体としては伝統的な手仕事の方がまだ後継者を育てる土壌は整っています。
統計上の出荷額を見ると、平成元年のピーク時と比較して木地は1/13、漆塗りは1/32まで落ちていて、その状態で10年以上横這いです。出荷額と職人の数はリンクするので、職人の減少状況はその通りなんですが、逆に言えばそんなに減っていても会津塗の職人はまだこれだけ残っていて、他産地と比べればそれだけ大きな産地だったということがうかがい知れます。
この30年でニーズや職人の数が大きく減ってきたことはとても心配ではあるけど、NODATEのような購買層が老若男女・国籍を問わず新たに生まれてきた実績を振り返ると、会津塗を未来に残せる可能性はまだまだあるんじゃないかな、と思っています。
—安心しました。減ったとはいえまだまだ会津は漆器の一大産地ですし、何よりこうして新しいことに挑戦し、時代に合わせて変わっていこうとする流れもあります。世界的にも歴史的にも、長く残るものほど時代に合わせて変わり続けているものですから、そういう柔軟さがあれば大げさでなく未来永劫続くかもしれませんね。
関さん:そう、変わり続けることが大事なんです。「不易流行」って言葉がありますよね。まさにあの考え方で、結局
「変わり続けることこそが、変わらないものを作る本質である」
ということなんです。
変えていく中でも、大事なところは「おのずと」支持されるものとして残っていく。結果、変わってないよねと言われる部分が残るということです。
例えば、じゃあ何を変えて何を残すべきか?を意識してやってみたところで、その変化が良かったか悪かったかなんて今の時点ではわからない。それは100年後に判断してくれということであって、今できるのはただ変わり続けることだけ。本質は「おのずと」残るものだから。
—先ほどのお話にもあった、一大工業化の波で手仕事の漆が暮らしから一度は遠ざかったものの、大量生産品は様々な問題で衰退し始めていて、結局手仕事の世界が残っているというこの流れが、まさにそういうことかもしれませんね。
人の暮らしの中で何百年と続いてきた結果「伝統」と呼ばれるようになったモノ・コトを、この先の未来へ繋げていくために、今、変わり続ける。
そんな関さんのお話からは、変化の先にある未来への希望や期待のようなものが感じられました。
この先の10年を
10年、100年先の未来のために変わり続けると語ってくださった関さん。そんな関さんの望む今後の在り方とはどんなものなのでしょうか—
関さん:加速化、スピードアップしていきたいですね。
18年間いた東京から会津に戻ったのが35歳。これまでの17年間のうち最初の5年近くは今思えば準備期間のような感じでした。NODATEが生まれて今年で10周年になりますが、NODATEが支持されることに気付いてからまだ7、8年。こういうローカルに特化したお店を作って2年ちょっと。
ようやくベクトルが定まってきたけれど、次の10年を同じスピード感で生きていたら何となくやり切れずに引退する年齢になってしまいそうな気がするので、これまでの間に定まってきたベクトルをもっと加速していきたいです。
そして最終的には未来に残すべき会津の大切なものを繋ぐ、繫ぎ手の1人であれば良いんですが、走りやすいレールを残して次世代にバトンを渡したいですね。
—これからの10年を全力で、常に革新的なことを成す存在でありたい、と。素敵な目標です。頑張ってください!
終わりに
今回の取材では主に漆のお話しを伺いましたが、美工堂さんは漆だけでなく会津木綿をはじめローカルに根差す様々な分野の商品を集め、再構築し、新しい形で提案しています。
訪れるたびに少しずつ新しい発見がある。そんな美工堂さんの、関さんの創る世界観を、これからも楽しみにしています!
今日は本当に、ありがとうございました。
取材先情報
店舗名 | 美工堂 |
住所 | 〒965-0877 福島県会津若松市西栄町6-30 |
電話番号 | 0242-27-3200 |
営業時間 | 10:00 – 18:00 |
URL | https://bikodo.jp |
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